九州産直クラブ 社長のblog

九州産直クラブ社長 吉田登志夫の公式ブログです。九州産直クラブの商品や生産者、九州の野菜、肉、魚などの内容や、イギリスのオーガニック市場、フェアトレードなど、様々な情報をお届けします。

「巨星逝く」 興農ファーム前代表:本田廣一さん葬儀

ドリームグループ(産直クラブ&夢広場/ナチュラナチュラル)社長の吉田登志夫です。

5月31日北海道・標津の興農ファーム前代表:本田廣一さんが亡くなりました、70歳。5月はじめに東京出張中に倒れられ、釧路で入院、全身のリンパ節が腫れ、ご家族友人の看病の中で逝かれたそうです。死亡診断は「発症不明の癌」ということで、6月2日お通夜3日葬儀が中標津町で行われました。

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お通夜にはご家族親戚とともに長年有機農業の発展の夢をともにした旭川当麻の瀬川さんや北竜町農協前組合長の黄倉さん、元農水省官僚の栗原さん、名古屋オーガニックファーマーズの吉野さんが駆けつけられ、日付を超えて本田さんを褒めたり貶したりで酒盛りをしました。

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葬儀には沢山のお花が添えられ、若き日の本田さんの闘いの出発点となった日大闘争の仲間からの献花もありました。

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本田さんは当時在籍していた日本大学獣医学部)で展開された全共闘運動(日大闘争)で逮捕投獄され、その後北海道で農場を建設する方針をたて、その資金づくりのために1971年に東京でビル清掃会社をつくり、貯めた資金で1976年に知床に近い標津で興農塾を社会変革の根拠地として立ち上げ、農業を開始されました。

 私が本田さんを知ったのはグリーンコープ時代に「なんとも固い牛肉」と評されたYBB(ヤングブルビーフ)を食べたときでした。本田さんは輸入濃厚飼料を食べさせてブクブクと太らせる畜産に抗し、地域の粗飼料で丈夫な胃袋をつくった健康な牛を育てる技術を練り上げ、画期的なYBBビーフを心ある消費者組織に供給して来られました。私は本田さんに農業のことを沢山教えてもらいました。とくに牛を飼う基本的な考え方や自家飼料の作り方などの話をよく聞き、熊本の菊池に農場を拓くときには随分とお世話になりましたが、未だ足元にも及びません。本田さんの畜産と畑作の「有機複合農業理論」は農本思想にもとづく壮大な理論です。 しかし、今の日本でそのような有機複合農業をやっていくのは本当に大変です。コツコツ継続する意思の強さと信頼できる仲間が希望でしょうか。

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葬儀の日の朝早く、知床岬まで車を走らせました。私は標津の興農ファームには20数回足を運びましたが、農場以外にはどこにも行きませんでした。初めて見る知床の岬は「限りなく透明に近いブルー」でした。